日米中の宇宙開発対決R2

<日米中の宇宙開発対決R2>

JAXAはロケットを民営化したが、その後のロケット打上げは順調に推移しています。

日本の成功を苦々しく見ている国があるとすれば、それはアメリカと中国なんでしょう。自主開発であることに加えて武器輸出を控えてきた日本の実績については、どこからも横槍をはさむ理屈がないのが素晴らしい♪

そして、気になるのは、軍事に特化したような中国の宇宙開発である。

・『火星で生きる』

・商業衛星打ち上げ成功

・官需依存の日本の宇宙ビジネス

・JSPECを設立した理由、そして宇宙探査の未来

<日米中の宇宙開発対決>目次

・宇宙監視、米軍と連携

・「はやぶさ2」計画の意義

・祝福されない有人宇宙船

・有人宇宙開発無用論

・中国の宇宙開発の真意?

・久々に新作映画を観た

小惑星探査機はやぶさの帰還

はやぶさの帰還

小型衛星の実態

R2:『火星で生きる』を追加

<『火星で生きる』3>

図書館で『火星で生きる』という本を手にしたのです。

表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。

…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。

NASAが降りてしまった宇宙開発競走を、見てみましょう。

<第2章 民営化する宇宙開発競走>p38〜43

 NPO「インスピレーション・マーズ」が打ち上げを予定しているのは2018年。15年に1度しかやって来ない火星と地球の軌道のめぐり合せを利用すれば、往復501日のフライバイが1度のエンジン燃焼で可能になるからだ。あとは火星まで慣性で飛び、その後ろをぐるっと回って(スイングバイ)再び地球へと慣性で戻って来る。こうした離れ業ができるロケットはまだ実用段階にはない。チトーによれば、2021年に金星のスイングバイを経て火星のフライバイ軌道に入る代替案もあるという。

 アマゾンのジェフ・ベゾス、グーグルの共同創業者ラリー・ペイジマイクロソフトの共同創業者ポール・アレン、企業家で冒険家のサー・リチャード・ブランソンらもまた、莫大な資金を投入して、新たに始まった民間の宇宙開発競走に何らかの方法で参入しようとしている。これまでのところ、その様相は開拓時代のアメリカ西部と同じくらい混沌としている。ただし今回のフロンティアは宇宙空間だ。そして、火星に人類を送り出そうという民間の計画は決して少なくないにもかかわらず、目下のところ、NASAが重い腰を上げるよりも早く人類の火星到達を実現してくれそうな企業は、ただひとつしかない。

 ベルンヘル・フォン・ブラウンからアポロ11号へとまっすぐ1本の線をたどれるように、宇宙飛行士たと乗せて2027年に火星に降り立つ宇宙船からはイーロン・マスクのところまで一直線の軌跡が描けるだろう。その火星着陸船には、スペースXのロゴが描いてある可能性がいちばん高い。

 マスクは現代の企業家の中でおそらくもっとも先見の明があるように思う。スタンフォード大学の応用物理学の博士課程を退学した7年後、マスクは自身が共同創業者であるペイパルとジップツーの株を売り、3億2400万ドルの純益を手にしたという。その資金は、彼が2002年に創業したスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)社に使われた。続いて彼が共同で設立したテスラモーターズは、自動車産業に革命を起こそうとしている。

(中略)

 マスクが民間でロケット会社を始めた理由はひとつしかない。「スペースXを始めた目的は、ロケットの技術開発を進めること。すべては火星に自給自足の恒久的な基地を建設するためなのです」と彼は2014年5月に発言している。ここで少し立ち止まってマスクの会社の名を見返してみよう。スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ…「エクスプロレーション(探検)」という単語に注目してほしい。先人フォン・ブラウンと同じく、マスクは宇宙飛行が当たり前になった人間社会の実現に心奪われているのだ。

 彼はそのうち地球に住み続けられなくなることをはっきりと認識している。人類が自らの住処である地球に対して無関心すぎると、ずいぶん不満を感じているようだ。地球にいるままでは人類は絶滅するという端的な事実から、彼は決して目を逸らさない。

(中略)

 いつになったらNASAが目を覚まして火星という現実を直視するようになるのか、確かなことは誰にもわからない。しかし、2012年5月、スペースX初となる宇宙船ドラゴンが国際宇宙ステーションに見事に到着した瞬間に明らかになったのは、NASAにできることは民間企業にもできそうだ・・・もしかしたら、もっとうまくやれるかもしれない、ということなのだ。

ウン イーロン・マスクの動静は株価にも影響するわけで・・・別格でんな♪

【火星で生きる】

ティーブン・ペトラネック著、朝日出版社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より

 2027年、流線形の宇宙船が火星に降りていくーいまや問題は火星に「行く」ことから、そこでどう「暮らす」かへと移った。

 イーロン・マスクジェフ・ベゾス、マーズワンといった民間プレーヤーが宇宙をめぐって激しく開発競争を展開するなか、新型ロケットやテラフォーミング技術など、火星移住に向けた準備は着々と進んでいる。駆り立てるのは地球の危機と人類の探求心。数々の科学誌編集長を歴任したジャーナリストが、宇宙開発史から環境的・経済的な実現可能性まで、「最後のフロンティア」火星の先にある人類の未来を活写する。

<読む前の大使寸評>

表紙にTED Booksとシリーズ名が見えるとおり、いかにもアメリカの本でんな。

…と、言いつつも借りた反米の大使でおます。

rakuten火星で生きる

『火星で生きる』2:夢の続き

『火星で生きる』1:イントロダクション 夢

<商業衛星打ち上げ成功>

報道によれば、H2Aロケット29号機の打上げ、軌道投入に成功したそうです。

これで、やっと商業衛星市場のスタートラインについたわけだ♪

2015.11.25商業衛星打ち上げ成功 H2A改良、海外から受注より

 H2Aロケット29号機が24日午後3時50分、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。約4時間半後、搭載していたカナダの企業の通信放送衛星を予定の軌道に投入。国産ロケットによる初の商業衛星打ち上げが成功した。

 国際的に商業衛星の需要が高まる中、商業衛星打ち上げで海外と競争を繰り広げる三菱重工業が初めて受注。この成功で今後の受注に向けて弾みがつきそうだ。

 当初打ち上げ予定の午後3時23分前に海上警戒区域内に船舶が進入。カウントダウンを中断するハプニングがあったが、安全確認後、H2Aは白煙を上げて発射台を離れた。

 従来のH2Aでは衛星を高度数百キロで切り離していたが、同社は静止軌道に近い約3万4千キロまでロケットで衛星を運ぶ新技術を採用。飛行にかかる衛星側の燃料負担が少なくなり、その分、機器や衛星の寿命を延ばすための燃料を積めるため、商業衛星市場で欧米などと同じ土俵に立って勝負できることを同社は示した。

<官需依存の日本の宇宙ビジネス

2015.2.20技術は一流だが、官需依存の日本の宇宙ビジネスより

一昔前まで、宇宙といえば、米国のアポロ計画や、スペースシャトル計画など、国家的事業であった。しかし、今やElon Musk氏率いるベンチャー企業出身の米Space X社(Space Exploration Technologies社)がNASAからの委託や商用でロケットを打ち上げたり、日本でもロケット民営化を受け、三菱重工業JAXAからの委託や韓国企業などからの委託で商用でロケットを打ち上げたりする時代となった。大学の研究室や民間企業が、超小型の人工衛星を打ち上げる動きも活性化してきている。

 この背景には、冷戦構造の崩壊などによって、宇宙技術が軍事目的から商業利用目的へと転じたことや、産業育成のために各国が競争政策を推し進めたこと大きい。特に米国では商業宇宙打ち上げや商業リモートセンシングの法規制の整備、国際宇宙ステーションへの物資輸送の民間委託など政府の宇宙活動の民営化などが実施されている。欧州では、宇宙産業界での技術力の差が契約獲得数など競争力の不均衡さをさらに拡大してしまわないよう、「公平な償還の原則」という産業全体を育成する政策を導入した。日本においても、宇宙基本法が2008年に制定され、また2015年1月9日に新宇宙基本計画が決定され、宇宙産業の技術力および国際競争力の強化のための取り組みが進んでいる。そのような取組みの結果として、事業リスクが低下し、宇宙関連事業への参入障壁が下がった。

 ただし、日本の宇宙関連産業は欧米と比較して、国家プロジェクトへの依存が強く、特に打ち上げ設備や衛星、ロケットなどのインフラに関わる部分のパイの大部分は三菱重工業三菱電機NECといった大手の宇宙関連企業が占めているのが現状だ。他の産業の例にみるように、やがて欧米の波が日本に影響を与えることを考えれば、閉鎖的な日本の宇宙ビジネスは、新規参入チャンスが今後広がると見込まれる。

 そこで、本稿では、日本と欧米を中心とした世界の宇宙ビジネスの現状を整理し、そこから日本の宇宙ビジネスにおける課題を抽出し、宇宙ビジネスとしてのチャンスの可能性を提示したい。

宇宙ビジネスの現状>

 世界の宇宙ビジネスの市場規模は、約20兆〜30兆円規模と見積もられている。そのうち、日本の宇宙ビジネスの市場規模は6兆〜7兆円であり、世界の20〜30%のシェアを有している。残るシェアの大部分は欧州と米国が占めている。

宇宙ビジネスの産業は大きく5つの分野に分けることができる。(1)宇宙インフラ、(2)衛星通信・放送サービス、(3)宇宙関連民生機器、(4)宇宙利用、(5)宇宙ベンチャーだ注1)。(1)宇宙インフラは、衛星の製造・運用、ロケットの製造、打ち上げ、地上施設の整備など、宇宙インフラの整備を実施する産業分野を指す。(2)の衛星通信・放送サービス衛星は通信?放送などの宇宙インフラを利用したサービスを提供する産業分野である。(3)の宇宙関連民生機器は、カーナビ、衛星携帯電話端末、アンテナなどの民生機器を製造、販売に関わる産業分野だ。(4)の宇宙利用産業は、(1)〜(3)の産業におけるインフラ、サービスなどを利用することで自らの事業を展開し、差異化することなどで事業を行っている産業分野である。(5)は(1)〜(4)やあるいは別の側面から、宇宙産業に関わろうとしているベンチャー企業などである。以下では、この5分野それぞれに、日本と欧米を比べてみる。

<(1)宇宙インフラ産業>

 日本はこれまで、国および宇宙航空研究開発機構JAXA、旧宇宙開発事業団)などが中心となり、研究開発中心の宇宙インフラの整備を実施してきた。この研究開発中心の体制により日本の技術力は、欧米やロシアなどの先進国と肩を並べる水準となった。

 日本の宇宙インフラ産業は、2000億〜3000億円程度の市場があると言われている。日本の宇宙インフラ産業を担う主要プレーヤーとしては、H-2AおよびH-2Bロケットの製造・整備・運用サービスを提供する三菱重工業や、人工衛星や地上設備などのインフラ整備および運用をする三菱電機NECなどがいる。この主要メーカーの下請負事業者として、各サブシステム、コンポーネント、ソフトウエアおよび部品を製造する事業者が多数存在するピラミッド構造となっている。つまり、日本の宇宙インフラ産業は、限られた特定の民間事業者が圧倒的なシェアを獲得し、安定的な優位性を有するビジネスモデルになっている。

 宇宙以外の分野でも他分野でも1社もしくは少数の企業が圧倒的なシェアを持つ産業があるが、多くの場合、官主導ではなく、事業者自らが意思決定し、ニッチ市場を開拓することで実現してきた。YKKのファスナー、マブチモータの小型モーター、日東電工の膜やテープ素材などだ。しかし、宇宙インフラ産業は、国が限られた民間事業者に発注してきた長い歴史とその間に蓄積されてきた技術・ノウハウ、さらには強固なピラミッド型の構造があり、新規参入は難しい状況が続いている。1990年のスーパー301条「日米衛星合意」により、技術開発型の衛星および安全保障に関する衛星以外の実用衛星は、国際調達としての入札対象となった。しかし、日本の宇宙インフラ産業は、国からの研究開発中心の委託事業が現在においても9割近くを占める。結果として、日本の宇宙インフラ事業に欧米企業が参入して競合する機会は少なく、日本の宇宙インフラ事業者が産業防衛のために海外案件を取りにいく必要性が乏しかったため、日本の宇宙インフラ事業者が国際競争力を獲得するのに時間を要する結果となった。

 宇宙インフラ分野の市場規模は、米国では4兆円規模、欧州では7000億〜8000億円規模の市場であると言われている。欧米で国などが行う事業としては、日本と変わりがなく、測位衛星、リモートセンシング衛星、通信衛星などの安全保障、軍事関連の整備事業および新規技術開発を必要とする事業である。その産業構造も、日本と類似したピラミッド型である。

 違いは、日本よりも民間での衛星打ち上げなどの宇宙インフラ投資が盛んで、グローバルでオープンな調達が一般化しているため、国際・国内の競争が激しいことだ。国際競争が激しいことから、Boeing社と米Lockheed Martin社がULA(United Launch Alliance)を立ち上げたように同業他社と統合したり、米Northrop Grumman社が米TRW社を買収したりと川上の企業が川下の企業を買収するといった例も少なくない。さらに、特に米国では、伝統的に新興の事業者に対しても現実的な事業計画があれば参入を認める土壌がある。実際、宇宙ベンチャー企業出身のSpaceX社が、既に主要なロケットの打ち上げサービスを実施する事業者となっている。また日本よも、民間事業者が民間事業者に宇宙インフラ事業を発注するいわゆるB to Bのビジネスも発達している。例えば、ルクセンブルグSES Astra社は米Boeing社から通信衛星を調達している。

 欧米の宇宙インフラ産業を担う主要プレーヤーとしては、ロケットメーカーとしてLockheed Martin社、Boeing社、欧州EADS(European Aeronautic Defence and Space)社、米Sea Launch社、SpaceX社が、衛星メーカーとしてLockheed Martin社、Boeing社、Loral Space & Communications社、EADS社が挙げられる。

SpaceX社以外のメーカーは、世界の宇宙産業全体を常にリードし続けてきた民間事業者である。技術競争力はもちろんのこと、サブシステム、コンポーネントおよび部品などの調達から製造までに至るサプライチェーンの最適化が図られており、コスト競争力や納期に対するフレキシブルな対応が可能である。日本のメーカーはこうした点で見劣りする。

(中略)

(3)宇宙関連民生機器産業

 日本の宇宙関連民生機器産業は、約3兆円の市場規模があると言われている。多くの民間事業者が存在する競争性の高い市場である。

 宇宙関連民生機器として代表的なものは、GPS用受信機、カーナビなどが挙げられる。スマートフォンGPS受信機であり宇宙環境を活用しているものの、宇宙利用から派生した製品ではなく、地上のインフラを活用した通信端末に、GPS機能が付加された製品であることから、本産業からは除外している。

 GPS用受信機では、日本無線古野電気などが挙げられる。カーナビについては、パイオニアJVCケンウッド富士通テンアルパイン、クラリオンなどが大きなシェアを占める。カーナビは、車載固定型、携帯型(PND型)、スマートフォンの3種類があり、各社独自の付加価値化によりシェアを確保している。

 コンサルティングファームであるエミネントパートナーズ代表の今枝昌宏氏のビジネスモデルの分類を活用すると、日本の宇宙関連民生機器産業では、顧客の成長に伴うニーズや好みなどの変化に沿って提供価値のラインナップを揃える「顧客ライフサイクルマネジメント」のビジネスモデル、一体として販売していた製品やサービスを分解して、顧客のニーズのある部分のみを販売する「アンバンドリング」のビジネスモデルおよび新興国市場を中心に海外での販売を展開する「グローバル化」のビジネスモデルが見られる。

 欧米の宇宙関連民生機器産業は、日本よりもさらに大規模な市場である。GPS用受信機などの民間事業者は、米Hemisphere、米Garmin Internationalなどが有名である。カーナビについては、米Garmin International、米Motorola Solutions社などが有名である。日本と同様、多くの事業者が存在する競争性のある市場であり同様のビジネスモデルが存在する。

<JSPECを設立した理由、そして宇宙探査の未来>

はやぶさ2」の挑戦サイトより樋口JAXA副理事長へのインタビューを見てみましょう。

10/23「はやぶさ2」の挑戦第11回:JSPECを設立した理由、そして宇宙探査の未来より

樋口JAXA副理事長

ISSの次をどうするかが出発点だった>

Q:SPECを川口先生と共に、2007年度に設立した意図はどのようなものだったのでしょうか。またその意図はその後、どの程度達成されたのでしょうか。

樋口:自分が、JSPECを作ろうと考えたうちの一人であることは間違いありません。

 2003年の宇宙三機関統合*2でJAXAが発足してからの、自分の考えの基本にあったのは、ポスト国際宇宙ステーションISS)をどうするのかという問題意識でした。 

Q:2003年のスペースシャトル「コロンビア」の空中分解事故で、ISS建設は数年にわたって停滞しましたけれど、それでも次を考える必要があったということですか。

樋口:色々ありましたけれど、それでもISSの建設という巨大国際協力計画がそろそろ終わりが見えてきたことは間違いありませんでした。では、次の大型国際協力計画は何か。おそらくは有人のより遠くへの探査でしょう。ですから、日本としてもポストISSとして何らかの有人探査を本気で考えて、取り組んでいく必要があると判断しました。そのためにはISSに続く大型国際協力としての探査をハンドリングしていく組織が必須になります。

 もう一つ、月探査機「かぐや」に続く月探査機をどのようにして実現するかという問題意識もありました。「かぐや」は旧宇宙開発事業団NASDA)が企画した探査機で、2003年の宇宙三機関統合と共に宇宙研が管轄するミッションになりました。が、予算はかつてのNASDAの枠から、つまり宇宙科学とは別枠で支出していたわけです。そのかぐやの続きの予算を、自分たちのやりたいことを科学者コミュニティーボトムアップでミッションにまとめて実施していく宇宙研と一緒にしてしまうのは、組織的には複雑になりすぎてしまいます。

 ポストISSへの取り組みと、かぐや後継機の実現方法を考えた時に、具体的には有人無人を問わず探査を担当する新組織の立ち上げと、もう一つ、ISSを担当していた有人宇宙ミッション本部の機能拡充という二つの方法があります。宇宙三機関の統合で、宇宙研も同じ組織の一員となりましたが、その宇宙研も探査で動いているということが分かってきて、宇宙研が備え持つ良さをスポイルすることなく探査に向けた体制を構築する必要があるとも気がつきました。

 これは難題だぞ、と考えているうちに、2005年1月に、ブッシュ米大統領は有人月探査への復帰を含む宇宙政策を発表しました。いよいよ本気で、探査に向けた体制を作る必要に迫られたわけです。

 実際どのような組織にするかは、JAXA内でも、さらには宇宙研の内部においても色々な意見がありました。特に宇宙科学が実施する探査について、有人探査とは別に宇宙研が引き続き担当すべきだとする意見から、いや探査という大枠でくくることでまとめて新たに設立する組織が担当すべきという意見まで、様々でした。

Q:そこで川口淳一郎教授が、探査という大きな枠を設定すべきと主張してJSPECの設立に至ったということでしょうか。当方のこれまでの取材ではそのように聞いていますけれど。

樋口:誰が何を主張したかは、今の私の立場では話せません。引退したらお話しましょう(笑)。

 ただ、今のJSPECを立ち上げるに当たって宇宙研上層部の了解を得たことは言ってもいいでしょう。JSPECが、「はやぶさ」「かぐや」とその後継機と有人探査を担当する部局として設立されたのはJAXA内部の調整の結果です。また、JSPECの運営に当たっては、宇宙研のトップやキーパーソンから成るアドバイザリーグループを設立して、大きな決定はそこで行うという形にして、JSPECの探査が宇宙研が実施してきた探査やその利点を潰さないように、また可能な限り相乗効果が出るようにと配慮しました。

Q:宇宙研が宇宙理学委員会と宇宙工学委員会という組織を持って、意見を集約しているのをなぞったわけですね。

樋口:先ほど述べたように私の最初の考えは、ポストISSとかぐや後継の探査を実施する組織というものでした。ブッシュ宇宙政策が出た後では、かぐや後継の探査から国際協力による有人月探査へと、いかにシームレスにつなげていくかを考えていました。

 あくまで中心はISS後継の有人探査への対応であって、正直なところ太陽系全般の科学目的の探査はあまり自分の視野には入っていませんでした。

 ですから、実際に設立されたJSPECは私の意図とは少し性格が違ったものになりましたね。私は2007年のJSPEC設立で初代の統括リーダーになりましたが、同じく初代のプログラム・ディレクターに就任した川口教授とは、このあたりのJSPECの性格を巡ってずいぶんと議論しました。

 私は、JSPECの任務として月の有人探査に向けたシナリオ作成が中心だと考えていましたが、川口さんは探査全般を推進することを考えていましたから。

Q:樋口さんの意識としては、月の有人探査がメインだった、と。

樋口:もう一つJSPEC設立に当たっては、欧州宇宙機関ESA)は、太陽系探査と有人探査を同じ部局が管轄していた時期があり、米航空宇宙局も探査専門の部局を作った時期があったことを参考にしました。海外各機関がそういう体制ならば、JAXAも同様の組織を作れば、交渉しやすいなとも考えたわけです。

Q:それは、有人探査を実施するならば、事前に十分な無人探査を行って安全を確保する必要があるからですよね。

樋口:無人探査の部分ではJSPECという新しい組織で、宇宙研が行ってきた探査との相乗効果を出したかったんです。だから「主任務は月の有人探査のシナリオ作成だから、JSPECで火星探査とか木星探査とか検討してはいけない」というようなことを言うつもりはなかったし、実際言いませんでした。

<日本は“質の勝負”をしなくてはいけない>

Q:その後2010年になってブッシュ大統領の宇宙政策は、後任のオバマ大統領の手でひっくり返ります。有人月探査は中止になり、月、地球近傍小惑星ラグランジュ点*3などを経て火星軌道に到達するとするフレキシブル・パス(柔軟な道筋)という戦略に変更され、まずはそのための基礎技術開発を行うことになりました。

樋口 ただ、私見ではありますが、私はいずれまた国際協力で有人月探査を行うという話がまとまるのではないかと見ています。その場合、鍵を握るのは宇宙輸送システムのコストでしょう。アポロ計画を調べると、計画総予算のかなりの割合を「サターンV」ロケットが占めています。

 我々は現在、ISS日本モジュール「きぼう」を運用していますが、年間予算約360億円のうち240億円ほどが無人補給機である「こうのとり」と、「こうのとり」打ち上げのためのH-IIBロケットです。この部分のコストを圧縮することは、安定した継続的な有人探査に必須でしょう。

 

アメリカが現在有人探査用に開発している「SLS」というロケットは、高コストなので、そんなに高頻度に打上げることは難しいでしょう。このことはアメリカの苦悩を象徴しているように私には思えます。

(中略)

 日本にもかつては間宮林蔵や、伊能忠敬や、白瀬矗(のぶ)といったチャレンジャーがいたわけですから、けっして土壌がないとは思いません。

 JAXA副理事長としては、宇宙研が持っている良い伝統を維持発展させねばならないと、いつも考えています。

 川口教授にも話しているのですが、彼の主張している通り、宇宙研の探査を工学が引っ張ってきたことは間違いないです。ただ、探査を引っ張る工学の中身というか要素というかが、現状は踊り場にいるというか、足踏み状態ではないでしょうか。宇宙研は、小さなペンシルロケットから始めて、ロケットを大型化し、観測できないことを観測できるようにしてきました。その結果、太陽系を探査できるまでになりましたが、では次に工学がどのような技術を開発すれば、新しいサイエンスを引き出せるかのアイデアや構想が今は一服してしまっている。次に工学がどんな新しいことをすれば新たな理学の展望が開けるかが、私には見えていません。